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【名無しT】『たまたま』 レナード・ムロディナウ著2010.11.24

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怒鳴りつければ上達する? いや、わたしは褒められたい。
イスラエル空軍の飛行教官たちは訓練生の「見事な操縦を褒めると次回は悪くなり、下手な操縦を怒鳴りつけると次回は改善される」という経験則から、怒鳴りつけることは訓練生への強力な教育的手段であるとの確信を持っていたという。しかし、褒めること・怒鳴りつけることは次回の操縦の巧拙とはなんの関係もなかった。訓練生はただ「平均回帰」しただけなのだ。つまり、レベル5の訓練生がたまたまレベル8の操縦をしたとしても次回はレベル5程度に戻る可能性が高く、同様にレベル2もまたレベル5程度に戻る可能性が高いからだ。教官たちの経験則は事実とは合致しているが、その確信には?マークがつく。
子育てでは「褒めることが大事」という言説が多数派のようだし、山本五十六も「やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」といっている。
もっともな意見である。わたしも「褒める」ほうを選択したい。ただし教育的手段としてではなく、相手を気持ちよくするためにだ。賞賛は人の気分を高揚させ、脳内快楽物質とともに幸福感をもたらす。「おべっか」を言うのは苦手、見苦しいと堅苦しく考える人もいるが、それでは出世はおぼつかないだろう。「おべっか」は、とりわけ世の成功者には有効だ。彼らは、成功はたまたまではなく実力によるものであり、必然だと思っているし、たとえ「おべっか」だと分かっていても「俺はおべっかを言われるほどの実力者」であることを再確認し、さらなる幸福感に浸るわけだ。喜ばせて悪いはずはないのだ。
相互賞賛によって社内や家庭でみんなが脳内快楽物質を漲らせ、幸福の笑顔で闊歩している風景は想像するだけでも愉快ではないか。ただし、賞賛とは似て非なる「ホメ殺し」の行使には注意しなければならない。「ホメ殺し」は劇薬であり、副作用も大きいからだ。誰にどんな「ホメ殺し」を使うか…ウーン難しい問題だ。

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